「仕事を休みなさい」と言われて、僕は安心した
休職と復職を6回繰り返した僕の記録 #1|身体は、僕より先に限界を知っていた
今から20年前、僕は医師から仕事を休むよう告げられた。 その瞬間、怖くなるどころか、ほっとした。 その頃の僕は、毎日、頭を締めつけられるような痛みに耐えていた。 『西遊記』の孫悟空が、三蔵法師の呪文で頭の輪を締めつけられる場面がある。まさに、あんな感じだった。 朝から晩まで、頭がキリキリと痛む。特に、朝から仕事が終わる頃までの時間帯がひどかった。そのうち、めまいまで出るようになった。 最初は、肩こりか片頭痛だと思っていた。 耳鼻科でも内科でも診てもらい、頭痛で有名な病院で検査も受けた。それでも、頭痛の原因となる異常は見つからなかった。 最後に医師から勧められたのが、心療内科だった。 当時の僕は、うつ病について何も知らなかった。心療内科が何をする場所なのかも知らなかった。 ただ、ここへ行けば頭痛の原因が分かるかもしれない。 それだけを期待していた。
「仕事を休みなさい」
診察で、症状や仕事、家庭の状況を話した。 医師は、僕に言った。 「うつ病だね。診断書を書くから仕事を休みなさい」 怖いとは思わなかった。 正確には、怖がるための知識がなかった。 うつ病って何だろう。 仕事を休めるのか。 え、本当に休んでいいのか。 そんな状態だった。 それまで原因の分からなかった頭痛に、ようやく名前がついた。 そして、仕事から離れられることになった。 僕が感じたのは、病名への恐怖より、安心だった。 診断の後、妻には携帯電話のメッセージで伝えたような気がする。ただ、はっきりとは覚えていない。 上司へ電話をすると、上司はそれほど驚いた様子ではなく、診断書を送るように言った。その電話で自分の声や手が震えていたかも、覚えていない。 僕自身が、これから何が起きるのかを理解できていなかったのだと思う。
本当は、助けてほしかった
休職する少し前、僕は、それまでより責任の重い役割を任されるようになっていた。 複数の部署から集まる重要な情報を取りまとめ、最終的な内容を確認する立場だった。自分が確認した内容が、そのまま次の工程へ進んでいく。もし間違いがあれば、社内外を含めて多くの人に影響が及ぶ。 そう考えると、怖くて仕方がなかった。 責任に見合うだけの経験も、知識も、自分には足りないと思っていた。 それまで頼りにしていた人たちは、異動などで身近な場所からいなくなっていった。新しい体制の中で、誰にどこまで頼ればいいのかも分からなかった。 本当は助けてほしかった。 自分の確認だけでは不安だから、一緒に見てほしかった。 分からないことを相談したかった。 それでも、僕は誰にも助けを求めなかった。 「忙しい相手に迷惑をかけるかもしれない」 「こんなことも分からないのかと思われるかもしれない」 「相談しても、結局は自分でやるしかない」 相手にそう言われたわけでもないのに、自分の頭の中で答えを決めていた。 「自分には無理だ」 「でも、間違えてはいけない」 「誰にも頼れない」 その三つが、頭の中を占領していった。
休職してから、2か月近く眠り続けた
会社を休んだ後、僕は2か月近く、ほとんど寝て過ごした。 起きるのは、食事とトイレの時くらいだった。 何かについて悩んでいた記憶はない。 会社を休んでいる罪悪感もない。 早く復職しなければという焦りもない。 というより、何かを考える力そのものが、ほとんど働いていなかった。 食事も、きちんと食べようとは思わなかった。 口に入ればいい。 カロリーメイトを食べて、また寝る。 その繰り返しだった。 今振り返ると、仕事だけではなく、それまで背負っていたあらゆるものから解放されて、張りつめていたものが一気に切れたのだと思う。 身体にたまっていた疲れが、全部外へ出てくるように、ひたすら眠った。 身体が、考えることも行動することも止めていた。
身体は、ずっと赤信号を出していた
当時の僕は、頭痛を仕事のストレスとは結びつけていなかった。身体のどこかに病気があると思い、病院を回り続けた。 しかし今振り返ると、身体はかなり分かりやすく警告していた。 仕事のある時間帯に、頭痛が強くなる。 会社からの帰り道、「仕事は嫌だ〜♪」と自作の歌を歌っていた。 朝から晩まで、頭痛やめまいが続く。 助けてほしいのに、誰にも頼れない。 それでも僕は、原因を肩こりや片頭痛だと思おうとしていた。 身体が出していた赤信号を、別の病気として説明しようとしていたのかもしれない。
今なら、どこで止まるか
今の僕なら、「助けてほしいのに頼めない」と気づいた時点で、一人で解決するのをやめる。 限界は、倒れた日から始まるのではない。誰にも頼れなくなった時から、もう始まっている。 そして、もう一つ。 僕の場合、休職に入った頃には、罪悪感や焦りについて考える力さえ残っていなかった。 カロリーメイトを口にして、また眠る。それだけで一日が終わった。 「まだ会社へ行ける」は、「まだ大丈夫」と同じではなかった。 自分で休むかどうかを考えられなくなる前に、誰かへ判断を預ける必要があった。 こうして僕は初めての休職に入った。
次の記事では、ひたすら眠る状態から、どのように外出できるまでになったのか。
なぜ僕は復職できると思ったのか。
そして、その復職がなぜ約2週間で終わったのかを振り返る。
休むか、辞めるか、続けるかで迷っている人へ。
この連載では、6回の休職と復職で僕が見落としたサインや、復職を急いで失敗した理由を振り返ります。
壊れる前に判断材料を整理したい方は、続きを受け取ってください。
※この記事は僕自身の経験を振り返ったもので、すべての人に当てはまるものではありません。治療や休職・復職の判断は、主治医や産業医などの専門家に相談してください。
続きはこちらから👇



