不安を消す前に、刺激を減らしてみる
病室の天井を見ていたら、刺激の多さに気づいた
前回の記事で書いたとおり、 検査入院中に4時間の絶対安静を経験した。 スマホもテレビも本も禁止。 できることは、病室の天井を見ることだけ。 最初はきつかったけれど、3時間ほど経ったころ、 ふっと頭の中が静かになった。 不安が消えたというより、 不安を増やしていた刺激が、強制的に止まったのだと思った。 病室では、スマホを遠ざけたのではなく、使えなかった。 本を読まなかったのではなく、読めなかった。 だからこそ、普段の自分が どれだけ刺激を浴びていたのかが見えた。
刺激そのものが悪いわけではない
ここで間違えたくないのは、 刺激そのものが悪いわけではない、ということ。 音楽で救われる日もある。 ゲームで気持ちが切り替わる日もある。 漫画で現実から離れられる日もある。 誰かの投稿で、楽になる日もある。 だから、 スマホが悪いとか、 SNSが悪いとか、 ゲームが悪いとか、 そういう話ではない。 そんな単純な話なら、最初から書かない。 私もスマホを使うし、 SNSも見る。 ゲームもする。 刺激は、敵ではない。 問題は、 その刺激を浴びたあとに、 自分の中に何が残るか、ということだ。
見るべきなのは、刺激の「後味」
刺激には、後味がある。 見たあとに、 元気が出るもの。 安心するもの。 焦りが増えるもの。 誰かと自分を比べ始めるもの。 時間だけが溶けるものもあれば、 明日が嫌になるものもある。 同じスマホでも、 同じSNSでも、 同じゲームでも、 後味は全部違う。 たとえば、疲れている夜にSNSを見る。 誰かが会社を辞めてハッピーだと報告している。 Xで◯万円もらったとか、嬉しげに報告している。 青い海の投稿をあげている。 家族と楽しそうにしている。 どこもかしこも、 キラキラしているように見える。 その人たちは何も悪くないけど、 (時折エアプのやつもいるけど) こちらが弱っていると、 それがそのまま比較になる。 「自分は何をやっているんだろう」 「また遅れている」 「このままで大丈夫なのか」 そんな言葉が頭の中に増えてくる。 ゲームも同じだ。 ゲーム自体が悪いわけではない。 楽しかった。 気分転換になった。 少し回復した。 また明日頑張ろうと思えた。 そういう後味なら、それは回復する刺激だと思う。 でも、 また夜更かしした。 明日がつらい。 目が疲れた。 何も進んでいない。 また逃げてしまった。 そういう後味が残るなら、 今の自分には少し強すぎると思った方がよい。 ここで大事なのは、 何を見たかより、 見たあとに何が残ったか。 その後味は、 頭の中の言葉にも反映される。 「またダメだった」 「何をやっているんだ」 「みんな進んでいるのに、自分だけ遅れている」 そんな言葉が増えているなら、 その刺激は、今の自分には合っていない。 言葉は、誰かに向けるものだけではない。 頭の中で、自分にも向けている。 だから最初にやることは、 刺激を禁止することではなく、 見たあとに何が残ったかを見ることだ。
後味の悪い刺激だけ、少し減らしてみる
これは、病室で急に思いついたように書いているが、 今までずっと悩んできたことでもある。 何度もSNSを見て焦り、 ゲームで夜更かしして、 翌朝のことが嫌になる、なんて繰り返してきた。 だからこそ、 「刺激を減らせ」なんて簡単には言えない。 刺激を減らすというと、 スマホをやめる。 SNSをやめる。 ゲームをやめる。 夜は画面を見ない。 そういう話になりがちだ。 でも、正直それができるなら苦労しない。 だから、いきなり全部やめる必要はない。 まずは、 後味の悪い刺激だけ、少し減らしてみる。 SNSそのものをやめるのではなく、 疲れている日はタイムラインを見ない。 ゲームそのものをやめるのではなく、 寝る前だけは避ける。 ニュースそのものを見ないのではなく、 不安が強い日は見出しだけで止める。 YouTubeを全部禁止するのではなく、 ショート動画の無限スクロールだけ避ける。 スマホを捨てるのではなく、 疲れている時間帯だけ少し遠ざける。 禁止ではなく、 自分でコントロールする。 時間を変えたり、減らすことで良い。 何かを断つのではなく、 見たあとに自分を削るものから、少し距離を置く。 それくらいなら、 現実の生活でもできるかもしれない。
それでも頭が騒がしい日は、15分だけ何もしない
それでも頭が騒がしい日はある。 不安が強い日。 焦りが強い日。 SNSを見てしまった日。 ゲームで夜更かししてしまった日。 何もしていないのに、自分を責め始める日。 そういう日は、 15分だけ何もしない時間を作る。 スマホを少し離す。 テレビを消す。 本も読まない。 音楽も、できれば歌詞のないものにする。 横になるか、椅子に座る。 目に入るものは、 天井、壁、窓くらいにする。 何かを解決しようとしない。 反省もしない。 未来の作戦会議もしない。 ただ、心を絶対安静にする。 病室で強制的に起きたことを、 日常でほんの少しだけ再現してみる。 4時間は無理でも、15分ならどうか。 それでも長ければ、5分でもいい。 スマホを触らない5分。 何も読まない5分。 何も考えようとしない5分。 たぶん最初は落ち着かない。 頭の中で会議が始まる。 「あれをやらなきゃ」 「この時間、無駄じゃない?」 「スマホ見たい」 「何かしないと置いていかれる」 そんな声が出てくると思う。 でも、それでいい。 その声が聞こえるということは、 普段どれだけ頭の中が忙しかったかに 気づけるということだ。 何もできない時間は、 最初は退屈に見える。 でも、もしかするとそれは、 頭の中の騒がしさが見える時間なのかもしれない。
不安を消す前に、増やしているものを減らす
不安を消すのは難しい。 でも、 不安を増やしている刺激に気づくことはできる。 刺激を全部なくす必要はない。 楽しいものまで捨てなくていい。 スマホを悪者にしなくていい。 ただ、 見たあとに何が残ったかを見る。 焦りが残るなら、少し減らす。 比較が残るなら、距離を置く。 自己嫌悪が残るなら、今日は見ない。 少し楽になったなら、それは残す。 刺激を減らすというのは、 何かを我慢する話ではない。 自分を責める材料を、 これ以上増やさないようにすること。 頭の中で始まる会議が、 少しでも荒れないようにすること。 言い換えれば、 脳内会議の治安を守ることなのだと思う。 4時間、病室の天井を見ていた出来事から、 日常に持ち帰れた実践は こんな感じだ。 不安を消す前に、 不安を増やしている刺激の後味を見てみる。 そこから、少しだけ減らしてみる。 たぶんそれは、 気合いで前向きになるよりは、 ずっと現実的なメンタル改善の入り口になる。
前回の記事はこちら👇
こっちから読むと、より理解が深まる。
スマホも本も禁止された4時間で、心が少し静かになった
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4時間ずっと病室の天井をみていた。 点滴をされながら、絶対安静の指示。 スマホもテレビもダメ、本もダメ。 検査のために、 ゆっくり横になっていてください、 一切の刺激を避けてくださいと。






こんばんは🌛😊
検査入院で、よくここまで考えられたなぁと感心してます!!
私なんて、入院してた時は何にもやらなかったですもん😂
あと1日!ファイトーー🔥🔥